事務所の窓から外を見る。黒い毒液をこねくり回したような水溜りが目にとまった。昼下がりの午後、ドアがノックされる。その音色はコンコンコンと訪問を伝えるものでは無かった。ガンガンガンと威圧的な音を立てている。鋭い音が耳に響いた。
「開けろ」
鋭利な女の声がする。またガンガンガンとドアが叩かれた。俺がドアを開ける。年の頃50過ぎの貧相な女が立っていた。派手な洋服に厚化粧。陳腐な香水の匂いが鼻を射してくる。どぎつい視線で俺を睨んできた。
「まぁどうぞ」
歓迎出来ない訪問者だと思ったけど取り敢えず中に通した。事務所の中に入ると今度は勇児を睨み付けている。テーブルを挟み向かい合って座った。
「どうぞ」
珈琲を出すと勇児は俺の隣に座る。女が俺達に視線を飛ばしてきた。
「おまえらのせいで家庭が崩壊しそうなんだ。どうしてくれるんだ」
男言葉で女は語り始めた。ハァ……唐突な発言に唖然とする。言葉が出なかった。女は一気に捲くし立てる。鬼のような形相を浮かべていた。
「あの、済みません。どちら様でしょうか」
努めて冷静に言葉にする。女は鋭い視線を俺と勇児に飛ばしてきた。
「宮崎の家内だ」
女は冷やかに言い放った。俺と勇児の視線が交差する。一瞬狼狽した。
「務さんの奥さんで慎太朗のお母さんですか?」
俺が静かに声にした。
「そう、おまえらが男同士の道に引き摺り込んだ務と慎太朗のね……」
女が血走った目をしている。明らかに激高してるのが判った。
「何で誑かしたんだ……陥れたんだ」
女は執拗に声を張り上げた。
「黙れ……」
俺が低い声で言う。それでも女は金切声を上げ続けた。
「黙れ……」
俺の怒声が飛んだ。場がおし静まる。俺は女に目を遣った。
「俺達は引き摺り込んでもいねぇし、陥れてもいねぇ。それに原因を作ったのはおめぇだぜ。琴生叔母ちゃん……」
「えっ……」
俺の言葉に女が声を上げる。怪訝そうな表情を浮かべていた。
「俺も勇児も岩倉尊宣の息子だからな……」
「に、兄さんの……」
「あぁ、養子だ」
女の瞳をじっと見つめると俺は静かに語り始めた。
「務さんと慎太朗から話は聞いていた。宮崎家はもう家庭を成してないみたいだな」
「そんな事ない」
言い切る女の言葉に力は無かった。
「家庭崩壊する原因を作ったのはあんたみたいだな。それは浮気。相手は務さんとあんたの同級生、それに慎太郎の担任の先生にも手を出したみてぇだな。それを理由にモンスターペアレンツしたみたいだしよぉ」
女を見ると明らかに狼狽している。俺は言葉を続けた。
「週末は必ずと言っていい位飲み歩く。家事はしない。何かに付け務さんに罵声を浴びせる。食器の洗い方が悪い。洗濯物の畳み方がなってないってね。そんで務さんが家事をしなくなると何でしねえんだってまた怒鳴る。それどころか実のお父様にも、どぎつい言葉で罵り撃沈させた。実直な方が悲しげな表情を浮かべて自室に戻ったみたいだよな」
「そ、それは……」
俺の言葉に女が声を上げる。表情が翳っていた。
「頻繁に起こるそんな光景を見て慎太郎は心を痛め、何時しか女は怖いと思うようになったらしい。そして遊び相手の女は居てもそれ以上になる事は無かった。務さんも心の痛みを癒す為に他に拠所を求める。たまたまその時男を知った。判るか叔母ちゃん……俺には宮崎家の実情は判らない。だけど崩壊原因を作ったのはあんただと思うぜ」
俺は言い切った。女の表情がどんよりと曇っている。目にはうっすらと涙が滲んでいた。
「親っさん、嘆いてたからな。叔母ちゃんと親っさん若い頃は凄く仲良かったらしいもんな。あんたがバイク事故で入院した時、泥酔してバッグを無くした時、就職できずに悩んでた時、いっつも親っさんが力になってくれたらしいもんな。傍から見ると恋人同士に見られたって言ってたよ。そんなあんたが……どうして……」
「そ、それは……私も判っていた。で、でも、どうにも出来なかった。私、どうしたら……」
女は咽んでいる。震える手で冷めた珈琲を啜っていた。
「俺らには判らない。ただ縺れた糸は元に戻るけど切れた糸は結び直しても傷跡はしっかり残るからな。叔母ちゃんもまだ若いし一端デリートした方が良いとは思うけどな」
俺は言い放った。事務所を後にする叔母ちゃん。肩をガックリ落とし帰っていく姿は切なく俺の目に映った。街は新年を迎える準備をしている。どんよりとした雲間から光が射していた。宮崎夫妻の離婚が成立したと言う。叔父貴は全てを捨て家を出た。穏やかな冬の冷気に包まれている。陽介の剃毛プレイの予約が全て終わった。今事務所で主要メンバーが揃っている。俺は陽介に目を遣った。
「陽介、ご苦労さんだったな」
俺が神妙な声で言った。
「とんでもないっす」
陽介が声を上げる。湯呑に日本酒を注ぎ合った。
「お疲れ様、陽介今まで良く頑張ったな」
俺が声を上げた。男共が柔和な表情を浮かべている。カチンカチンと湯呑みが触れ合った。貞操帯をつけ、要望があればで陰毛を剃られる。一躍超売れっ子になった陽介。オフィス漢のひとつの歴史を築いた。
「陽介ぁお疲れ様」
勇児が手を叩く。俺が拍手した。慎太朗が…忠之が…宗嗣が…武蔵が…拍手の渦が沸き起こる。陽介はホストを完全に引退した。
俺達は今日挙式する。早春の日の光が柔和に感じた。朝冷水を浴び、カラダを清める。真っ新な
褌を締めこんだ。
「行くぞ。陽介」
「ハイ」
俺の声に何時にも増して陽介は元気な声を上げる。タクシーで悠豪寺に向った。タクシーを降りる。住職が近寄ってきた。
「本日はおめでとうございます」
住職がやけに明るい声を上げる。瞳の奥から柔和な光が見えた。
「ありがとうございます。宜しくお願い致します」
俺は言葉を返した。控え室で紋付袴に着替える。親っさんの墓前で結婚の報告をした。住職さんが見守る中、俺達は結婚証明書に署名する。筆を持つ陽介の手が微かに震えていた。仏前式が始まる。金が鳴り響いた。俺達は若い僧に先導され入場する。俺達はみんなに合掌され出迎えられた。住職が入場する。住職が焼香した。敬白文が朗読される。厳粛な気分になった。念珠授与、指輪の交換、式は順調に進んでいる。焼香の香りが心を和ませてくれた。俺と陽介は声を合わせて誓いの言葉を述べる。左薬指に嵌められた指輪が輝いていた。誓杯の儀が済まされ、法話が語られる。俺達の結婚式は終わった。俺達は本堂を出る。何処で聞いたのか多くの子供達が来ていた。その数ざっと20人。駆け寄ってくると千羽鶴を手渡された。
「ありがとう」
俺と陽介の声が重なる。子供達に笑顔を向けた。
「小父ちゃんおめでとう」
「お兄ちゃんおめでとう」
俺達のことを理解出来ている訳ではないと思う。だけどおめでたいことが起きている。自分達も祝いたいと言う気持ちが子供達を動かしたに違いない。瞳がキラキラ輝き、あどけない笑顔を浮かべている。大きな元気を貰った。遠くから熱い視線を感ずる。琴生叔母ちゃんだった。優しい笑みを浮かべている。一礼すると立ち去った。その表情は事務所に怒鳴り込んできた時とは明らかに違う。途轍もなく穏やかな表情になっていた。
「兄貴、人数増やしといたからな」
勇児が俺に囁いた。
「えっ……」
俺が素っ頓狂な声を上げた。
「子供達の分の人数追加しといたぜ」
参列頂いた皆様を招待しての会食を予定をしている。だけど子供達の席は用意していなかった。折角来てくれたのだから何とか招待したい。そんなことを深慮していた所だった。血は繋がってなくても勇児は俺の弟。考えていることが判ったらしい。俺は勇児に目を遣った。
「勇児、流石だな。一本とられたぜ。ありがとな」
「まぁな。さぁ行こうか」
俺の言葉に勇児が応える。 予約している創作料理『坊』に向かった。子供達はやたらとはしゃいでいる。3人の施設長達は子供達迄招待して貰って頻りに恐縮していた。この料理屋、たまに来ている。店主の慶宗は癒し庵でホストをしていた。慶宗が21歳の頃、働いていた老舗の和食屋では若輩ながら技量と味覚の鋭さを評価されてたらしい。但し先輩達が妬み虐めが始まりそれが原因で退職した。やさぐれてた時見付けたのが癒し庵のホームページ。慶宗がホストとして働き始める。鋼のような肉体、男臭い顔貌、一躍人気者になった。男同士の行為に填まる。興味本位で始めたホストらしい。だが8年務めていた。そして3年前稼いだ金を元手に創作料理坊を開店させた。暖簾を潜る。慶宗と視線がぶつかった。
「いらっしゃい……」
慶宗が元気な声を響かせた。
「カツ兄ぃ、陽介、おめでとうございます。貸し切りにしたんでで気兼ねなく楽しんでくださいね」
慶宗の計らいで貸切にしてくれたらしい。食事会が始まる。大人達はビール、子供達はジュースをグラスに注いだ。
「兄貴、陽介結婚おめでとう」
勇児が声を上げる。カチンカチンとグラスが触れ合った。
「勝政さん、陽介俺からの差し入れ……」
大皿に盛られた鯛のお造りだった。
「ありがとうございます」
俺と陽介の言葉が重なった。
「陽介もう引退したんだろ。残念だな。一度お前の陰毛剃りたかったぜ」
慶宗がちっちゃな声を陽介に掛けた。
「駄目っすよ。俺はもう父ちゃんだけのものっすからね。それに慶宗さん年上が好みじゃないっすか」
陽介がはにかみながら声にした。
「お前なら大丈夫だ。可愛いからな」
慶宗が言う。陽介が頭を撫でられていた。次から次へとお酌しにみんなが来てくれる。旨い料理を堪能し、酒を酌み交わした。多くの仲間達が集う宴が終わろうとしている。勇児が立ち上がった。
「宴もたけなわですが、そろそろお開きの時間です。締めは信秀さんお願いします」
「ご指名に預かりました信秀です。皆様ご起立お願いします」
勇児の声に信秀さんが言葉にする。みんなが立ち上がった。
「よぉ~、パパパン パパパン パパパン パン」
俺と陽介は入口でみんなを見送る。一人ひとりに挨拶を交わしお土産を手渡した。大人達には陽介と一緒に染めた生地を使って手作りした風呂敷と巾着。更に施設には人数分のテーマパークの入場券を勇児が用意していた。みんなは居酒屋を後にする。俺達も家路に就いた。
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