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親父の遺志⑫

 そんな或る日の午後2時。事務所のドアがノックされた。ドアを開けると慎太朗君君が立っている。約束通りに現れた。
「来ちゃいました」
慎太朗君が声を上げる。やけに元気に耳に響いた。綿パンにざっくりしたチェック柄のシャツを着ている。葬儀の時の礼服姿とは違い、若々しい雄の色香が漂っていた。事務所に入ると回りをキョロキョロ見ている。勇児が珈琲を淹れ持ってきた。俺と勇児とそして慎太朗君。血縁は無いけど兄弟と従兄弟。今テーブルを囲んだ。壁に張られた、男絵のポスター。棚に収納されてるDVD。垣間見る慎太朗君の目が輝いている。珈琲を啜りながら慎太朗君が持ってきた土産のチョコクッキーを頬張った。お茶しながら慎太朗君が色々聞いてくる。俺と勇児はその一つひとつに丁寧に答えた。
「慎太朗君はどんな奴がタイプなんだ」
「がっちりしている兄貴とか親父がタイプっすよ」
俺の問いに慎太朗君が応える。少しはにかんでいた。
「2階の乱館行ってみるか。着用のハッテン場だぜ。お前のタイプもいるかもな」
「えっ、行ってみたいっす」
俺の声に慎太朗君が応える。瞳が淫靡に光った。
「で、でも締められねぇっす」
「大丈夫だ。締めてやるように言っとくからな」
慎太朗の言葉に俺は声を返した。
「それにタダでいいぜ。従兄弟だからな」
勇児が言葉を挟んだ。
「えっ……やった~」
俺と勇児の顔が綻んだ。そして3時間後。慎太朗君が事務所に戻ってくる。その表情はやけにさっぱりしていた。この日を境に慎太朗君はたまに遊びに来る。言葉使いも葬儀の時よりは砕けてきた。そんな或る日慎太朗君が訪ねてくる。俺と勇児と慎太朗君でテーブルを囲んだ。珈琲を飲みながら慎太朗君が語り始める。瞳の奥から愁い色の光が見えた。
「俺、尊宣伯父ちゃんに会いたくて両親に色々聞いたんすけど何も教えてくれなかった。だか婆ちゃんに聞いたんす。最初しらばっくれてたけどしつこく聞いたら話してくれたんだ」
寂しそうな表情を浮かべると慎太朗君はまた淡々と話し始めた。
「尊宣伯父ちゃん、ゲイだってカミングアウトしたらしいんだ。爺ちゃんも婆ちゃんもみんなは尊宣伯父ちゃんが幸せならそれで良いって思ってたらしいけどうちの母さんだけはは認めないって……それどころか汚いもの見るみたいに尊宣伯父ちゃんに罵ったらしいんす。それ以来尊宣伯父ちゃんは実家に立ち寄らなくなったって言ってた」
慎太朗君の目には涙が潤んでいる。俺達はちょっと複雑な気持ちになった。
「親っさんのこと好きだったんだな」
俺がぽつりと声にした。。
「うん、好きだった。最後に会ったのが爺ちゃんの葬式でその時も母さんは何で来たのって顔してたの覚えてる。俺その時、中一で陰毛生えたの尊宣伯父ちゃんに見て貰ったんすよ」
慎太朗君が親っさんとの事を淡々と語る。瞳の奥から一途な光が見えた。
 季節が巡り初夏を迎える。木々の間から木洩れ日が射していた。
裁判が結審する。澤辺陽介は懲役2年執行猶予1年に処された。親っさんは澤辺の厳罰を望んでいない事は判っている。俺達は控訴をしなかった。季節は初夏。街路樹の間から穏やかな光が洩れていた。
木漏れ日 (3)
そんな或る日ミーティングをしている時、オフィス漢のドアがノックされる。武蔵がドアを開けた。
「あぁぁ、おめぇ……」
武蔵が仰天した声を上げた。
「どうした」
宗嗣がドアの外を覗きこんだ。
「カツ兄ぃ。澤辺っすよ」
ドアの外には澤辺陽介の姿が有った。
「裁判は終わったんだ。控訴もしねぇし民事訴訟もしねぇからお前とはもう関係ねぇ。帰ってくれ」
俺は言い切った。
「おっ、俺、償いたいっす」
「いいから帰れ」
俺の言葉に怒気が含まれている。澤辺を追い返した。ドアがバタンと締まる。言いようのない何かが込上げてきた。
「あいつ、何考えてんだ」
俺は言い捨てる。事務所内に不穏な空気が漂っていた。
澤辺は翌日も現れる。昨日と同じように俺は押し戻した。肩をがっくりと落としトボトボと帰っていく。諦めたかと思ったけど澤辺はその翌日も姿をみせた。
「お願いします。俺の話を聞いてください」
一心不乱で訴える澤辺に俺は中に通した。
「そこ掛けろよ」
低い声でぼそっと俺が声にする。テーブル席に着かせた。向かい合うように俺も座る。少し呆れ顔で勇児も俺の隣に着いた。
「言ってみろよ」
「4日続けて岩倉さん夢に出てきたんだ。オフィス漢で働いて勝政さん達を手伝えって……俺の遣り残したことやれって言われた。俺オフィス漢の事調べたよ。だから仕事の内容は知っている」
澤部が哀感帯びた声を上げる。親っさんが澤部の夢枕に立ったと言う。そしてオフィス漢の仕事を手伝えと伝えた。それも親っさんの遺志なのか。複雑な感情を俺は覚えた。
「俺体力には自信あるし頭悪い俺でも役に立てるかなって、それで、おっ、俺……」
澤辺は俺と勇児に視線を浴びせてくる。その瞳の光は直向きだった。
「おっ、お願いします。ここで働いて罪償いたいっす。岩倉さんのやり残した事のお手伝いしたいっす」
澤辺は必死の形相で俺達に頼み込んだ。澤部が土下座をする。床に額を擦り付けた。
「頭上げろ。おめぇの気持ちは判った。但し、俺達は被害者の遺族、そしてお前は加害者なんだぜ。そんな中でやっていけるのか?当たりきついかも知れねぇんだぞ」
俺は努めて冷静に話した。
「そんなの平気っす。岩倉さんの受けた苦痛に比べたら屁でも無いっす。い、今でもあの時の岩倉さんの顔浮かんでくるんです」
澤部の表情が翳る。嗚咽が洩れてきた。
「何でも出来るのか?」
「ハイ、俺にできる事なら何でもやらせて貰うっす」
「勇児、どうする?」
「考えてやるよ。面接だけはしてやる。その代り頭丸めて3日後にまた来いよ。時間は1時だ」
勇児が冷やかな声で言った。
「それにここに行って病気の検査もして来い。連絡は入れて置くからな」
俺が言葉にした。
「あっ、ありがとうございます」
「今日はこれまでだ」
澤部の声に俺は言葉を返した。澤部の目が輝いている。ドアまで行くと振り向いた。澤部が深く礼をする。事務所を出て行った。

猛牛

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[ 2017/01/25 20:45 ] 親父の遺志 | TB(-) | CM(0)

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