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始発電車③

 昨晩一緒にトレーニングした。その後俺んちで食事を摂る。勿論その後はまぐあいそのまま航生は泊まった。今朝も一戦を交え今リビングのソファーに並んで座りテレビを見ている。俺は思い切って口を開いた。
「なぁ…航生…家庭大丈夫なのか?」
「えっ……」
航生の左薬指に嵌めてある指輪が目に飛び込んできた。
「結婚してるんだろ。指輪してるもんな」
航生は大きくかぶりを振った。
「離婚したんだ。指輪抜けなくなっちゃってそのままになってるんすよ」
「そ、そっかぁ…悪い事聞いちまったな」
「ううん…いいよ」
航生が俺に目を呉れる。ゆっくりと語り始めた。
「俺さ……」
航生は暖かな家庭を持ちたいという願望が強かった。そしてお見合いパーティに参加。知り合った愛くるしい彼女と付き合い始める。朗らかな性格、お洒落な彼女に魅かれ始めたらしい。航生は結婚に踏み切った。語る航生の表情に愁いに満ちている。結婚後半年位で彼女は豹変したらしい。化けの皮が剥がれた。彼女に男の影が見え始めたらしい。ブランド物の靴、バッグ、洋服を見に付けるようになったと言う。家事は放棄。繰り返す夫婦喧嘩。航生の手元には高額なクレジット会社からの請求書が届いた。内容は身に覚えがない物。彼女が勝手に使っていた事が判明した。航生は暖かい家庭を築けなかった。
「でもさ、俺元々女より男の方が良かったから別れて良かったと思ってるんだ。多分だけどね」航生はぼそっと俺に呟いた。俺は航生を抱き寄せる。目には光るものがあった。
「達雄さん…俺すっきりした」
「そうか……」
またギュッと抱きしめキスをする。抱きしめながら俺の何かが途切れた。抑えていた感情が湧き上がってくる。航生は結婚していたけど残念ながら離婚した。航生は傷を負ったと思う。その傷を俺は癒してやりたい。そしてこいつを俺だけの者にしたかった。でもそれが航生の幸せなのかは疑問だけど……
「ちょっと付き合ってくれよ。行きたい所あるんだ」
「えっ……いいけど」
俺は車を出した。運転するのは航生。車が動き始めた。向かったのは消防署。航生はリングカッターで指輪を切断して貰った。
「へへ…さっぱりした」
航生の表情が清々しく見えた。翌週の週末。俺達はお花見に出掛けた。俺んちから車で30分位の人造湖に来ている。家族連れ、カップルで賑わっていた。爽やかな風が肌を撫でてくる。陽射しが柔らかく俺達を照らした。
「気持ちいっすね」
「うん、そうだな」
桜の木の下でレジャーシートを広げた。
桜 (6)
並んで座ると湖を眺める。遠くには芽吹きだした山々が望めた。弁当を広げる。ノンアルコールビールのプルトップをプシュッと開けた。冷たいビールが喉越しいい。
「美味ぇ…タツ兄ぃの料理はやっぱ美味ぇな」
「愛情たっぷり注ぎ込んでるだけだよ」
「うん」
にっこり微笑みながら料理を喰らう航生の笑顔は俺に安堵を与えてくれる。
「ハイ、あーんして……」
唐揚げを箸で抓むと俺の口元に差し出してくる。
「ば、バカやろ。人いるだろ」
「いいからハイ、あーんして」
俺はゆっくり口を広げた。
「今度は俺に…卵焼き食いてぇ」
「判ったほら……」
俺は卵焼きを箸で抓むと航生の口元に差し出した。
「美味ぇ……」
無邪気に燥ぐ航生。この上なく可愛く思えた。
「タツ兄ぃ…あれ乗ろ」
「おぉ」
ボートに乗ると桜の花びらが舞い降りてくる。陽射しが湖面に当たりキラキラ輝いていた。ボートを降りる。今度は遊歩道を歩いた。真っ赤な橋を渡る。展望台になっている舟形になった遊具を昇上った。
「いい景色だな」
「うん」
眼下には湖が望めた。日が傾き始める。俺達は岐路に付いた。
[ 2015/03/08 17:36 ] 始発電車 | TB(-) | CM(0)

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